不定期な日記帳の遺構

はてなダイアリーで運用していた「不定期な日記帳」の遺構の上に成り立つ2019年3月より再始動したメインブログ

ブラジルの風(後編)

続きもの。

 

出遅れに出遅れを重ねたものの何とかブラジリアンタウンに到着した

 

写真に全てが込められているので基本的には写真メインのダイジェストになる。

 

 

駅前が既にブラジリナイズされていて、その辺の言語表記も日本語とポルトガル語(ブラジルの公用語)で書かれていた。

まず街のその辺をプラプラして、適当に見つけたハンバーガー屋でおいしそうなハンバーガパステルという巨大なパイを買い求めた。

なるべく時間を短縮したかったので食べ歩きをしようとテイクアウトにしたものの、想像以上の大きさだったのでその辺の公園のベンチで座って頬張ることにした。館林で食べたばかりだったこともあってすぐにおなかいっぱいになった。そもそもとにかくおなかに溜まる。それでもおいしい。ハンバーガーの肉攻めに会い、パイのボリュームにダメ押しをされる形となった。この攻め込み加減がたまらない!

近所にあったら確実に毎週末やってきてすぐに全メニュー制覇しちゃいそう。それくらい味量ともに満足度の高いお店であった。ブラジルの食事、恐るべし。

 

 
 
 
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緑道

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その後、利根川方面に進むと緑道があった。手前に水の流れがあり、そして緑道の先には利根川が流れているのでもしやこれは暗渠では?と思い調べた見たら予想は外れ、実際は線路跡であった。

 

ja.wikipedia.org

 

昔はこの辺りに飛行機の工場(中島飛行機工場)があって、その部品なりなんなりを運送する為の軍需道路や軍需路線(仙石河岸線)があり、戦後にそれらが作り替えられて緑道となった。日本の道100選に選ばれる程の優れた道である。多少凸凹していた部分はあったし、夜は暗くなる箇所もあるようだけれど、まぁ多少はね。

 

時間に余裕があれば緑道の脇にあるパナソニックの工場なんかもぐるっと一周して周囲を見て回りたかったけれど、そこまで見ていると帰りが遅くなるという不安から緑道を引き返し、駅も通り越して反対側にある城跡まで歩いてみた。

 

 

どこにでもお城の痕跡ってあるものね。

 

ja.wikipedia.org

 

www.town.oizumi.gunma.jp

紐解いていくとこの街の歴史の深みに至る。

徳川綱吉も関わっているとかで、重要な土地であったことが窺い知れる。

 

 

帰り際、公園や道で音楽を鳴らしているブラジル人をちらほらと見かけた。ブラジルと日本では湿度が異なるので音の聞こえ方も異なると言うが、彼らの耳に日本での音楽はどのように聞こえているのか。そしてブラジルでの音の聞こえ方も非常に気になる。

 

 

当初は服飾品などが売っていればお土産なり自分用なりで買って帰ろうかと考えたが、時間の都合でショッピングまではできなかった。しかし現地に着いた時点で何となく買い物の時間を確保できないと諦めていた分、この地を強く記憶に焼き付けようという気持ちのシフトができた。そのお蔭かこの街にちょっとした思い入れのようなものができた。

帰り際、10人くらいの家族なのか団体で歩いていたブラジル人の屈託のない笑顔が忘れられない。大切なものがそこにはあったように思える。

 

 
 
 
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おばけこけし

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色々あったなぁ。

チャウ!