不定期な日記帳の遺構

はてなダイアリーで運用していた「不定期な日記帳」の遺構の上に成り立つ2019年3月より再始動したメインブログ

攻めの姿勢で遂に完結編の4本目!

これの続き。

 

syaroku.hatenablog.com

 

4本目なので流石にケリをつけたいということできちんと完結させる。

今回は前回の予告通り雪国編

 

どこにでも日本人がいるのか、はたまた日本人が夜空に揺れるカーテン好きなのかはわからないが、雪国行きの搭乗口にはちょこちょこ日本人がいた

 

その場で知り合いになった風の女子大生たちとおばちゃま方が日本語で会話を弾ませている。大声でわーわー騒がずこじんまりかつひそひそとお話する微笑ましい光景は海外の方にはどのように映るのだろうか

 

日本→巨大空港の間の便は既に述べた通りガッツリ眠ったが、巨大空港→雪国の間の便ももちろん眠りに眠った。眠らないと肝心なときに動けないという不安があったので眠れるときに眠っておいたという次第だ。

 

目を覚ますと言葉通りの雪国であった。そこは-38度の世界で、存在するもの全てを凍らせる。

 

日本での寒さとはわけが違う。

 

露出している肌がすぐさま凍ってしまうような感覚に襲われるし、ゆっくりと息を吸い込むと鼻の中がぴちぴちと凍っていく感覚を得る。ぼーっとしているとまつ毛だって凍り付いてしまう。

少しでも水分があろうものならすぐに凍る程の寒さである。爽快感のないすーっという感じと言えばニュアンスが近いのだろうけど多分うまく伝わらない。

 

空港から宿まではバスで直行してくれたので凍てつくような寒さを感じることなく部屋に辿り着くことができた。

 

 

 

 

 部屋にはキングサイズのベッドが置かれていた。一人なのにね。

縦になっても横になっても私の背丈よりずっと大きなマットレスがとても新鮮であった。

 

そして部屋にはツアー会社の準備してくれた現地仕様のコートやズボンやブーツや手袋が置かれていた。マジでこれがないと死んでいた。

恐らく個人手配で来たのだろうという方が現地仕様の着る物を何一つとして持っていなかったのでツアーの係員さんがその場で「マジで死んじゃいますよ(焦)」と言ってコートなどの防寒具を手配していた。当日の現地での手配なのでいくらかかったのかは知らないけれど、ノー防寒は係員さんが焦る程のヤバさなのだ。

 

宿のすぐ傍に当日の気温を示す巨大なデジタル温度計があったので早速拝みに行った。

到着当日は-38度であったし、翌日に至っては-39度を示していた

 

 

 

 

 すごいところに来たんだという実感が着々と増していく。

 

その後すぐに夜空のカーテンを見られる地点までバスで移動することになる。

基本的に夜~深夜にかけての観賞であった。30分の移動、3時間の観賞、30分の移動というツアーで、現地には民族的なテントがある。この中は暖炉があり比較的暖かくこのテントの中で夜空のカーテンが現れるのを待機する。

日本人は日本人のテントで過ごす。他には韓国人のテントと白人のテントがあったように思われるけれど他所のことはよくわからない。近くには全部で10張程のテントがあり、少し離れたところには特別な料金を払った人用のプライベートテントが10張程あった。

テント以外には事前予約制のレストランとお土産物屋さんと小高い丘が3つあるばかりで、残りと言えば森に縁どられたそこそこの広さの雪原があった。

明かりは人のいるところの周辺しかなかったけれど月が明るかったので何も見えないなんて言うことはなかった。

 

日本人オンリーのテントなので日本人同士で仲良くなれたし、行動をご一緒させてもらった一回り程年上の女性2人組とは連絡先を交換して高機能カメラで撮影した夜空のカーテンの画像を頂いたりした。

 

夜空のカーテンの辺りについてはこちらの記事に記しているので是非読んで頂きたい。

 

syaroku.hatenablog.com

 

基本的にテントの中で待機をしておいてカーテンが出現したら無線で情報を共有しているツアーの係員が「出ました!今すぐ外に出ましょう!!」という感じでテント内の人たちに伝える仕組みになっている。出ました!と言う号令がかからなくてもちょっとしたカーテンが見えるなんていうことがあったけれど、基本的には3時間待機してトータルで5分前後しか見られないというレアっぷりであった。

2日間で6時間+延長の合計7時間程その場にいたはずなのに10分も眺めていなかったと思う。それでも、3日もいれば確実に見れます!というのが売りのところで、2日間観賞して2日とも拝むことができたのでそれはそれで結構幸せなことではないのだろうか。

もちろん写真なんかで見かけるザ!と言う程の鮮やかなものは見ることができなかったし、そもそもあれはカメラのレンズを通して捉えることのできるもので1ヶ月くらいプロのカメラマンが滞在してようやく撮影できるものという代物ということなので、流石に素人が裸眼で2日間の内に目撃するというのが土台無理な話なのだ。

 

そんな中、カーテン以上に感動したことがある。人気の少ない丘があり、雪原と森と月しかないしんとした小高いその丘で過ごすことができたのがこれ以上にない体験であった。日本から遠く離れた大地で何も考えずに地球の見たことのない一面を目撃し体感していることについ感動してしまった。

 

自分にはまだまだ知らない世界がたくさんある。

 

それはソフトな面でもハードな面でも言える。もっともっと足を使って色んなことを知ろう。そう誓ったのであった。

 

 雪国での行動は

 

空港到着→バスで宿に移動→宿の近くの温度計で気温情報の確認→バスで夜空のカーテンの観賞地へ移動→待機→観賞→バスで宿に戻る(この時点で深夜))→睡眠

 

翌朝

 

朝きちんと起床→市内観光→住宅街観光→市内観光→住宅街観光→宿に戻る→市内観光→バスで観賞地へ移動→昨日と同じ流れ→バスで宿に戻る→眠らずに部屋で早朝の空港行きのバスを待つ→空港へ移動

 

という流れであった。

 

市内観光と住宅地観光の辺りはその内サブブログにでもまとめてみる。レッドブルが凍ったり、どうしても現地の魚が食べたくなったのでその辺のレストランに飛び込んで身振り手振りでこの辺りで獲れた魚を食べたい旨を伝えて何とか魚料理にありついたり、辿り着きたい高台に中々たどり着けずに良くわかないところまで歩いてしまったり、そのせいで住宅地で巨大な犬ににらまれたりと、まぁまぁ愉快な出来事が目白押しであった

 

雪国編のプチエピソードは全て省略するので残りは一気にチープな体験になってしまうけれど、雪国から某巨大空港に戻った私は行きの際の反省を活かして無事に空港の外に出ることができ、その辺のハンバーガーショップやらベーグルショップやらで食料を無駄に補給したり、意味もなく電車に乗って隣駅まで移動したりと全ての行動を恐る恐るかつ動き出すときは大胆に行った。

 

それっぽくかつ安いお土産物を買って帰りの飛行機は爆睡して無事に日本に戻って来た。

 

初めてのことだらけではあったものの気分的にあまり臆することなく存分に楽しむことができた。予約の段階からそうであったけれど攻めの姿勢はとても大事ね。

 

今年もしょっぱなから攻めたけれど残り11ヶ月もガンガン攻めていく。