不定期な日記帳の遺構

はてなダイアリーで運用していた「不定期な日記帳」の遺構の上に成り立つ2019年3月より再始動したメインブログ

【後編】餃子の街に行ってきた

【前編】餃子の街に行ってきた(2019年4月23日)

syaroku.hatenablog.com


駅前をちょっとぶらぶらして餃子を食べたらあっという間に1時間が経過してしまったのでバタバタとした形で15時に出発することになった。

 

どちらかと言うと帰り道の方が印象的だった。なぜなら行きよりも帰りの方が道を進むことに集中していたためだ。

行きは帰宅する時刻を考えずに済んでいたし時間だってあってないようなものだったので気楽なものだったが、帰りは日を跨ぐまでに帰るという目標ができたために真剣に時間を気にするようになった

さらに恐ろしいことに帰りは暗くなるというおまけが付いている。特に高架下は街灯がない可能性があるので真っ暗闇を突き進むことになるかもしれない

 

18時半頃に暗くなり始めるとして、逆算すると3時間半しか残された時間はない。しかし暗闇ゾーンを抜け切るのに大体4時間は欲しい。それでも可能な限り急ぐことで3時間半で暗闇ゾーンを突破できるかもしれない。そんな淡い希望を抱いた。

行きがけに小山駅辺りが栄えていたので帰りにその辺を散策しようとしていたが、小山駅でぶらついた時間がそのまま街灯もないような道を進む時間へと変貌する恐怖には勝てなかった。結果、小山駅散策を断念することにした。その他にも諸々気になった場所はあったが全てスルーすることにした。

気になる場所を飛ばしに飛ばして進んだ結果、何とか高架下ゾーンを折り返しの出発から3時間半くらいで切り抜けることができた。そしてその安心から行きの道で立ち寄ったスーパーに再び立ち寄ってこの日四度目の食事、三度目の休憩を取った。

その後、グーグルマップに頼りながら田んぼ道や住宅街を進むことになる。田んぼ道も街灯がないのではないかという不安があったが、意外と街灯があったので暗闇に阻まれる心配はなかった。

鬼門を越したので後はグーグルマップに従って進むだけで安心して家に帰ることができる。ただしのんびりしていると日を跨いじゃうぞー( `ー´)ノくらいに考えていたら

 

唐突に現れたのが帰り道、二度目の高架下。


完全に忘れていた。高架下ゾーンは二回あるのだ。しかし餃子の街寄りの高架下と比べてきちんと街灯が設置されていたし、近くの大通りの街灯の光が思いの外強く、車のライトも照って来たので真っ暗闇という程でもなかったのは想定外の安心要素だ。

 

変に車通りの多い大通りを進むよりも、暗めで人が少ない道を走った方が、お互いに気をつけようという意志が強く働くのでかえって安全だったのかもしれない。

丁度前日に池袋でおじいさんが子連れの自転車を自動車でなぎ倒す時間があったばかりなので、自転車事故派他人事ではない。怪我なく帰ることができて本当に良かったと今にして思う。

 

二度目の高架下を切り抜けた後は細かい住宅街ゾーンが始まる。今まではストレートの道が延々と続いていたが、ここからは狭い路地を何度も曲がる独特な道が続いた。行きはさほど気にしなかったが帰りはとにかく時間が気になったので、道に迷うリスクを少しでも減らすためにこまめに停車してはグーグルマップを確認しながら道を外すことなく進んだ

この辺りまで来ると行きの時は早朝だったために閉まっていた店も、帰りは閉店後で閉まっているために、日中は多くの人が訪れたのだろうが行き帰りで一度もにぎわっている所を見ないまま過ぎてしまったことに気付く。例えばしまむらなんかがそうだ。どことなく感慨深いものがある。

 

家までラスト一時間というところで五回目の食事、四回目の休憩を取ることにした。なぜならばそこにゆで太郎があったからだ。これが三つめのルールを破った瞬間だ。

ゆで太郎は店舗戦略的に駅の近くにはない。そして自宅の近くにもない。実家時代は駅と実家の間にあったのでたまに立ち寄っていたが、今は自宅の近くにないので気軽に行けないし、遠出をしたときも駅の近くにゆで太郎が存在しないので足を運ぶ機会がほとんどなかった。そんな中での邂逅だった。眠る前の腹ごしらえもしておきたかったので少し悩んだが思い切って入店した。

三つめのルールを破ることにはなるが、こちらもゆで太郎に入ること自体が主な目的だったので仕方がないとしよう。


ゆで太郎を満期した後、残り30分も漕げばゴールというところでiPhoneの充電が切れてしまった。比較的近場の公園を抜けるという手前で大切な地図を失ってしまったのだが、その公園にあまりなじみがなく、しかもそれなりに広大な面積の公園であった為に軽く迷ってしまった

出口はどこだーと散々迷っている間、春という季節だからか夜23時過ぎなのにも関わらず若者が多数見受けられた。何かの練習をする若者、良くわからないけど屯する若者、警察に怒られている若者。いろんな若者がいた。

 

公園を抜ければもはやこっちのものと言った感じでその後すぐに公園を脱出し、23時40分に帰宅した5時に始まった旅は18時間半ちょっとで幕を閉じた。走った距離は迷った分も含めて大体230キロ近くだ。道自体は平坦だったが、景色が変わり映えせず、しかもその同じ景色がとてつもなく長く続いたためにとてもしんどかった。達成感はあるし行っていなければ一生後悔したはずなので今回到着することができて本当に良かったが、もう二度とやらないそうは言ってもまたどこか遠くに無謀な形で出掛けるんだろうな。

 

これまで東西南北に渡って一日で移動できる限界を攻めてきたが、ある程度おなかいっぱいになったのでもうしばらくはやらないと思う。やるなら近所を細かく周るか、純粋に南の方へ向かうとして江ノ島や鎌倉まで行くくらいかな。

西についてはもう少し攻め様があるが、山を越える必要があってあんまり遠くへ行ってしまうと帰り道に真っ暗な山道を超えなければならないし、流石にそれは危険過ぎるので、やはり相模湖が純粋な西の限界だろう。
おなかいっぱいの今は考えられないけど、おなかが空いてきても状況が変わらないかもしれないと感じる程に色々と周りつくした感がある。今回も良い旅になった。